mixiのコミュからまた強制退会 – フォニックス

以前もそういうことがあったが、またもやmixiのコミュから強制退会の憂き目に遭った。不名誉な勲章がまた増えてしまった。

 

かつて「小学校1年生相手に日本についてプレゼン」でもちらっと触れたフォニックスについて、英語の発音についてのコミュにトピックがたった。それについて、何度か私を含めた人たちの間で意見交換があった後、管理人が自分の意見を表明する投稿をした。それに対して、私が真っ向から反対意見を投稿したところ(内容は後述)、不思議なことが起こった。

まず私の投稿だけが消された。もちろんそれができるのは管理人のみ。それに対して私が(そのスレッドで)やんわり抗議すると、今度は彼は、なんとスレッド全体を消去する、という暴挙に出た。 この間に、彼から私に対する直接のコミュニケーションは一度もなかった。

え?え?え?…私はまだいいとして、他の人はどうなるの?目が点。(・_・)

そもそもこのコミュはどうも不審なところがあり、管理人が自分の知識をひけらかして、オフ会に誘うエサにしているようだ。しかも実費以外に、余分にお金を取っている(授業料?)。そのためには自分を権威付けする必要があるので、自分の意見を論破されると都合が悪いのだろう。

…とまぁ、管理人の頭で何が起こったかは想像がつくが、それにしても、無茶するなぁ!

決して愉快な経験ではなかったが、意外なハッピーエンディングとなった。スレッドが潰されるまで、私とそこで意見交換をしていた方と、お友達になっていただけたのだ。気骨があり、かつ頭が柔らかい。私にとっては思わぬ収穫だ。塞翁が馬?

 

ところで、フォニックス (phonics) とは、綴りと発音との間のルールをベースにした、言語の読み方を教える手法である。もちろん表音文字をベースにした言語一般に応用できる可能性のある手法だが、以下では英語に話を限定する。

米国では、小学校低学年生に英語を教える手段として最近広く使われているようだ。そして、それが日本での英語教育界ででも、新たな有効な手段として一部で喧伝されているらしい。

しかし、これはおかしな話だ。この手法は外国語教授の手法としては全く新しくない。外国語としての英語を教える手法としては、フォニクスほど整理されはいなくても、古くからなんらかの形で利用されてきたし、実際日本での学校英語教育の一部にも含まれてきた。(つまり、フォニックスを目新しいと思う日本人は、きちんと学校英語を勉強しなかった、あるいは、百歩譲って、きちんと学校英語を教える先生に恵まれなかった、ということ。)フォニクスの功績は、手法そのものの新規性にあるのではなく、外国語教授の手法を、母国語教授の手法として採用し、子供にも理解できるように整理し洗練したことにあろう。

これを忘れて、フォニクスを革新的な英語教授法のように云々するのは、馬鹿げている。それに、フォニクスそのものは、読み書きができなくても、音は既にわかっている人(英語が母語の子供など)に、読み書きを教えることを目的にチューニングされている。そうではない日本の子供、あるいは既になんらかの形で英語を学んだことのある大人に、そのまま適応できると考えるのは、あまりに単純ではないだろうか。

 

最後に、その問題のコミュでの管理人の投稿に対する私の反論を引用しておこう。管理人のニックネームを "xxxx" に置き換えた以外は、原文のまま、一切手を加えていない。ところで、彼の主張は、フォニックスから少し離れ、アルファベットがそもそも表音記号なので、発音記号は無意味、だった。

私は、xxxx さんの発音記号に関する意見には全く賛成できませんね。特に英語の場合。

ご本人もご指摘のように、英語においては、綴りと発音との間の関連性が、あまりしっかりしていません。なので、私は綴りは綴り、発音は発音と分けて考える方が、賢明だと思います。

これがフランス語のように、英語より綴り・発音間の規則性がずっと強いような言語ならまだましなのですが。

私は発音記号は、アルファベット以前に学ぶのが最適だと思います…中学生程度の知能があるのなら十分学べます。小学生程度だと、確かに難しすぎると思いますが。

発音記号を学ぶことで、音素に関する意識が強化されるでしょう。実際、それなくして、方言(アメリカ英語・イギリス英語の違いから、もっと細かな地域差まで)の区別を記述する手段がありません。したがって、初学者レベルならともかく、それ以上のレベルへの上達の壁になりかねません。

私は最初からきっちり発音記号を学んだことを非常に幸運だったと思っています。その後、他の外国語を学んだときも、それが大いに役立ちました。

文字自身まだ知らない小学生が学ぶのと、中学生以上が学ぶときには、当然違ったアプローチを取るべきである、ということも念頭におくべきです。赤ん坊がどうの、という議論はよく耳にしますが、それは赤ん坊に閉じた議論である、ということも忘れてはなりません。

管理人は、他の方のスレッド削除に関する問い合わせに対して、「コミュの趣旨に合わないから」と答えたらしい。はて、どこが合わないのだろう?問い合わせをした方も呆れていた。

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